KPIからSPIへ

――持続可能性と日本の強みを「見せる化」する指標

KPIからSPIへ

――持続可能性と日本の強みを「見せる化」する指標

  1. なぜKPIでは足りなくなったのか

企業活動を評価する指標として、KPI(Key Performance Indicator)は長く用いられてきた。KPIは、本来、組織内部で目標達成度を管理するための指標であり、「どれだけ努力したか」「どれだけ進捗したか」を把握するための道具である。生産量、売上高、コスト削減率、投資回収率などは、その典型である。

しかし、持続可能性が社会全体の前提条件となった現在、KPIだけでは捉えきれない価値が急速に増えている。
それは、問題が起きないこと、壊れないこと、止まらないこと、長く使われ続けることといった価値である。

これらは、企業がどれだけ努力したかではなく、社会にとって何が維持されたか、何が守られたかとして現れる。
にもかかわらず、従来のKPI体系では、こうした価値は「成果がない」かのように扱われがちであった。

結果として、日本が長年にわたり無意識のうちに積み上げてきた強み――工程の安定性、調整力、修理可能性、長期使用を前提とした設計――は、数値として示されにくく、国際比較や政策評価の場で十分に認識されてこなかった。

2. SPI(Social Performance Indicator)という考え方

この課題に対する答えが、SPI(Social Performance Indicator:社会性能指標)である。

SPIとは、企業や産業の活動を、
「社会にどのような性能を提供したか」
という観点から評価する指標である。

ここでいう性能とは、環境負荷の削減や売上増加に限らない。むしろ、

  • 社会の安定性
  • 生活や産業の予測可能性
  • 資源の無駄を生まない構造
  • トラブルが起きにくい状態の維持

といった、社会の基盤としての機能を指す。

SPIは、企業の内部努力を測るKPIの代替ではない。
KPIが「どう取り組んだか」を示す指標であるのに対し、SPIは「その結果として社会に何がもたらされたか」を示す指標である。

この意味で、SPIはKPIの上位概念であり、企業活動と社会価値を接続する翻訳装置と位置づけられる。

3. 日本にとってSPIが特に重要な理由

SPIという考え方は、どの国にも適用できる。しかし、日本にとっては特別な意味を持つ。

日本の生産業は、価格競争や量的拡大では新興国に劣後する一方で、「止まらない」「壊れない」「外さない」ことが求められる分野で競争力を維持してきた。半導体製造装置、精密機械、材料製造工程、インフラ機器などがその代表例である。

これらの分野で日本が売ってきたのは、製品単体ではなく、工程が安定して回り続ける時間であった。
しかし、その価値は、売上高や台数といったKPIでは十分に表現できない。

SPIは、この「時間の安定性」「使われ続ける状態」を正面から評価する指標である。
つまりSPIは、日本がすでに持っている強みを、初めて正しい言葉と数値で語るための枠組みなのである。

4. SPIが描く社会像――「壊れないことを売る経済」

SPIを軸に社会を見ると、経済の姿は大きく変わる。

従来の経済は、「より多く作り、より多く売る」ことで成長してきた。一方、SPIが評価するのは、「どれだけ長く、安定して機能が維持されたか」である。

例えば、ある装置が10年間止まらずに稼働し続けたとする。
その間、事故は起きず、修理は計画的に行われ、廃棄は先送りされた。
SPIの観点では、これは社会に対して10年間の安定性を提供したという明確な成果である。

この考え方は、「信頼駆動型ビジネス――壊れないことを売る経済」と完全に重なる。
SPIは、この経済モデルを評価し、拡張するための共通言語となる。

5. SPIがもたらす政策・市場への効果

SPIが導入されると、政策や市場の設計も変わる。

  • 公共調達では、価格だけでなく「止まらない性能」「修理可能性」が評価される
  • 補助金は、設備投資額ではなく「社会性能の改善度」に基づいて配分される
  • 統計は、売上や生産量に加えて、稼働率や修理可能年数を把握するようになる

これにより、無償の善意や現場の献身に依存してきた価値が、制度として報われる構造が生まれる。

6. SPIの具体例――信頼駆動型ビジネスをSPIで捉え直す

以下は、これまで「KPI」として示されてきた指標を、SPI(社会性能指標)として再定義した例である。

SPI例1:稼働安定性SPI

  • 内容:一定期間における稼働率、計画外停止回数、復旧時間
  • 社会的意味:産業活動の停止リスクをどれだけ低減したか
  • 評価対象:装置メーカー、保守事業者、工程部材サプライヤー

SPI例2:修理可能性SPI

  • 内容:修理可能年数、部品供給年数、修理リードタイム
  • 社会的意味:買い替え不安をどれだけ減らし、廃棄を回避したか
  • 評価対象:耐久消費財メーカー、住宅設備、修理ネットワーク

SPI例3:復旧力SPI

  • 内容:トラブル発生時の一次対応時間、暫定復旧までの時間
  • 社会的意味:社会システムのレジリエンス向上への貢献
  • 評価対象:インフラ機器、産業機械、地域中小企業

SPI例4:高価値循環SPI

  • 内容:再使用・再生率、再生後保証の有無
  • 社会的意味:資源を「機能のまま」循環させた度合い
  • 評価対象:リファービッシュ事業、部品再生企業

SPI例5:工程安定貢献SPI

  • 内容:不良率低減、ばらつき抑制、立ち上げ期間短縮への寄与
  • 社会的意味:目に見えない工程知が社会の安定に果たした役割
  • 評価対象:中小企業、地域サプライヤー

7. 結び――SPIは日本の未来を測る物差しである

SPIは、新しい評価軸であると同時に、日本が歩んできた道を正しく測り直す物差しである。
それは、日本の産業が無意識のうちに築いてきた「壊れない社会」を、初めて可視化する試みでもある。

KPIからSPIへ。
この転換は、単なる言葉の置き換えではない。
経済の目的を、量の拡大から社会の安定へと移す宣言である。

そしてそれは、日本の強みを世界に伝えるための、最も自然で、最も説得力のある方法でもある。

                         2026年1月1日 原田幸明

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